最高裁判所第二小法廷 昭和54年(行ツ)108号 判決 1980年3月07日
千葉県船橋市高根台六丁目一二番号
上告人
加藤守也
同
船橋市本町二丁目二二番九号
上告人
加藤哲志
右両名訴訟代理人弁護士
奥野善彦
下河邊和彦
金子喜久男
高中正彦
東京都江戸川区平井一丁目一六番一一号
被上告人
江戸川税務署長
岩森穰
右指定代理人
岩田栄一
右当事者間の東京高等裁判所昭和五三年(行コ)第三五号相続税課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五四年四月一七日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人奥野善彦、同下河邊和彦、同金子喜久雄、同高中正彦の上告理由について
所論の点に関する原審の判断は、原判決の説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 栗本一夫 裁判官 木下忠良 裁判官 塚本重頼 裁判官 鹽野宜慶)
(昭和五四年(行ツ)第一〇八号 上告人 加藤守也 外一名)
上告代理人奥野善彦、同下河邊和彦、同金子喜久男、同高中正彦の上告理由
第一 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があり、破棄されるべきである。
一、原判決は、「医療法人の出資持分を有する者が当該持分を第三者に譲渡し、あるいは退社により持分に応じた払戻しを受けとることが禁止されていないと解せられることなどからすれば、仮りにある時期に出資持分の定めのある社団たる医療法人の出資持分の譲渡が行なわれるとすれば、たとえその譲受人が配当禁止規定により出資持分に応ずる配当を受けることはできないにしても、その譲渡価額は法人の純資産価額を基礎としての出資持分に応じた価額に近似したものになるであろうことは、見易いところである」から、「出資持分の定めのある社団たる医療法人に対する出資持分の時価は、原則として右評価通達一九六に定める評価方法に準じて、課税時期における当該法人の純資産価額を基にして、出資の持分に応ずる価額によって評価するのが合理的というべきである」とした第一審判決の理由を肯定したが、これは次のとおり医療法の解釈を誤まったものである。
二、(一) 原判決によれば、このような「出資持分の払戻し」を医療法が禁止していないと解すべき理由は「医療法人からの退社による払戻しについてもこれを禁止する明文の規定は(医療法に)置かれていないし、退社による払戻しが可能かどうかは出資者の財産権に係ることであってみれば、これを禁止する明示の規定がないのにかかわらず、前示剰余金の配当禁止規定の趣旨から、当然に医療法上退社による払戻しが禁止されているとの解釈を導くことはできない」ことにあるとされている。
(二) しかしながら、出資された資産は出資の時点で当然にも法人の資産となるのであり、医療法人にあっては、国民一般に対し広く適正な医療の機会を与え、その健康の保持に資するという公益的な医療事業を行なうための法人の資産となるのであって、このような医療法人の本来的性格に背馳するような行為を医療法が認めないのは当然の事理である。
医療法人が適正な医療を行なうためには、人的・物的に充実した設備を有しなければならないことは明らかであり、これを保障するために、医療法は医療法人の設立にあたり一定の施設及び資金を要求するとともに、剰余金を施設の整備改善に充てもって医療内容の向上を図らせるためにその第五四条において剰余金の配当を禁止しているのである。
このように医療法人の資産の維持・充実は、その法人の目的である適正な医療事業の遂行と密接不可分であり、「出資持分の払戻し」により、このような性格を有する法人資産の取り崩しを認めることは、適正な医療事業の遂行を保障し得なくなることに当然つながるものである。
(三) このように、医療法人の本来の目的の遂行を阻害することになる「出資持分の払戻し」を前記のとおり原判決は、個人の財産権に係るものであるにも拘らず、医療法が明示的に禁止していないからという理由で認めているのである。
しかし、この払戻しを認めるか否かは、個人の財産権に係るか否かによって決せられるべき問題ではなく正に医療法人の性格から本来的に定められなければならないのである。
そして、社団たる医療法人における「出資持分の払戻し」が右のように、法人自体の事業の維持を不可能ならしめることにつながるものである以上、医療法が明示的にこれを認める規定が存しない以上、これは禁止せられていると解すべきである。
このことは、また医療法が「出資持分の払戻し」を認めていると解した場合は、当然規定されていなければならない債権者保護に関する規定が何ら存しないことからも明らかである。「出資持分の払戻し」が法人の資産の取り崩しであり、いかなる形にせよ法人の資本の減少、すなわち減資にあたる以上、これにつき、異議ある債権者に対しては、弁済もしくは担保提供等を義務付けることが必須であり、このような利害関係の調整規定を全く欠いている場合に減資に該当する「出資持分の払戻し」を禁止していると解すべきである。
また前述した医療法第五四条の剰余金の配当禁止の規定は前述したその目的からして、単に決算期における剰余金の配当を禁止しているにとどまらず、実質的に剰余金に該当する一切の資産について、その法人外への流出を禁止したものと解すべきであるものであり、法人の純資産価額が払込済出資総額を上廻っている場合に、純資産価額を基にして「出資持分の払戻し」をなすことは、剰余金を加えた出資額の払戻しをすることとなり、右規定により禁止せられていると解すべきものである。
また、医療法が「出資持分の払戻し」の可否を定款の規定に委ねたと解することは、「出資持分の払戻し」が有する右のような性格からして誤っていると解すべきであること明らかである。
以上のとおり、社団たる医療法人における「出資持分の払戻し」は医療法が禁止しているものであり、この点につき原判決は医療法の解釈を誤っているものである。
三、右のように、社団たる医療法人において「出資持分の払戻し」が医療法により禁止されているのであるから、法人財産に対する「出資持分」という観念を想定することはできず、従って「出資持分の譲渡」ということもありえないことになる。
なぜならば、前述のとおり医療法により社団たる医療法人において、剰余金の配当は禁止せられており、出資に対する配当というものはありえず、また右のように「出資持分の払戻し」も禁止されている以上、譲渡の対象たる財産権たる実質を「出資持分」は全く有していないからである。
四、したがって、社団たる医療法人においては、そもそも「出資持分」なるものは存在せず、上告人らが本件相続により取得したのは「出資持分」ではなく、応仁会が将来解散した場合において定款の規定により出資額に応じて取得するに至る残余財産分配請求権である。
この残余財産分配請求権の時価が、相続開始時における医療法人社団の資産の純資産価額を基にして出資額の割合に応じた価額に近似したものになることは全くあり得ないことであり、前述した原判決の医療法の解釈の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決の破棄は免れないところである。
第二 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな審理不尽の違法があり、破棄されるべきである。
一、原判決は、応仁会の定款第八条に定める「退会した会員はその出資額に応じて払戻を請求することが出来る」旨の規定を「出資持分」に応じて、すなわち出資額の割合に応じて払戻を請求することができる旨の規定と解しているが、右の規定をこのように解すべきか否かについては、上告人らの請求に拘らず何んらの証拠調べもしていない。
右規定の定める意味については、上告人らが主張する前記第一の主張、すなわち社団たる医療法人において、「出資持分」は存在しないとの主張が認められないとしても、なお、「出資持分」に応じて払戻しを請求できるの意味か、又は出資額そのものの払戻しを請求できるとの意味か、証拠調べによって認定しなければならないところ、このような証拠調べを全くしなかった原判決には審理不尽の違法があり、これが原判決に影響を及ぼすことは自明の理であり、到底破棄を免れないものと考える。
第三、以上、いずれにしても、原判決は破棄を免れないものである。
以上